番外編:私がタイにはまった理由●

タイへの道のりは遠かった・・・



「ビーチに行こ〜♪」       

同学年の酒飲み仲間4人でビーチへの旅を思い立ったのは10年位前になる。

南国の強い陽ざしに焼かれながら、朝っぱらからビール飲んでひっくり返っていれる所ならどこでも良かった。
それぞれ別の会社でOLしてた4人は、夏まっさかりの7〜8月を外して9月に夏休みをとる。
9月なら海外旅行も安い。特に雨期のタイのビーチは格別に安かった。

「タイで・・・いいよね?」

4人の意見は一致する。
タイの中では最も知名度の高い「パタヤビーチ」に宿泊する一週間のツアーを申し込む。
たぶん当時で6〜7万だったと思う。

初めての海外ビーチ・・・
うれしくて仕方なくって、丸井で15000円のちょ〜ハイレグ水着なんかも買って、毎日試着&ダイエット。
現地で買えば一桁安い値段で買えるっつーのにね。

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そろそろ荷作りでも始めようかな〜と思い始めた出発一週間前、あの事件が起こる。

その日、朝から日が暮れるまで海にいた。
ディンギーで江ノ島周辺を流す・・・といえば優雅だけど、実際の所、競技ヨットなので、その乗り心地は最悪。
波が高ければ常にバランスを取る、風が吹けばハイクアウトで船を起こす。
ダイエットで軽目に調整した私の体重では、5mも吹けばフルハイク・・・腹筋が、太ももがピクピクしたって
速く走るためなら、無事に港に帰るためだったら「疲れたぁ〜」なんて弱音は吐けない。

その日の風は強かった。
へろへろになって帰港して、船の潮を洗い流しながら「お疲れさぁ〜ん♪」とビールでカンパイ。
この瞬間は最高に幸せを感じる。

さぁて、ヨットを楽しんだ後は・・・
夏の湘南といえば大渋滞に突入しなければおうちに帰れない・・・。
まずは2〜3時間かけて友人を横浜の自宅まで送り届ける。
あとは高速に乗ってウチに帰るだけ・・・と言ってもウチは30キロ先。
居眠りしないように、気を付けて帰らなくちゃね。
何しろ一週間後にはタイ旅行が控えているんだからっ♪

首都高に入ると間もなく、ものすごい尿意に襲われる。
ラジオの交通情報によると、横横(高速道路)への合流地点では数キロの渋滞
横横にトイレはない。

「いかん・・・持たないぞ、こりゃ・・・」

直接横横に入るのを断念、石川町JCで横浜方面に逆戻り、間もなく大黒町PAに到着、無事に「スッキリ」♪

さぁて、戻るか・・・

緊張感が解けて、放心状態でハンドルを握る・・・と、なんと合流車線を間違えてさらに東京方面に向けて走り
出してるじゃない・・・

うぉ、うぉ、うぉーーーー  (ハイ、トロいんです。わたくし。)

慌てて最寄りのランプから一般道へ。
もう一回高速に乗れば良かったんだけど、夏の夜風を受けながらのんびり走るのも悪くない。下道で帰るか。

とはいえ、一度も走ったことがない横浜の工業地帯の夜はまるでゴーストタウン。
自分が一体どこにいるのかわかりゃしない。完全に迷った。
一生懸命看板を探しながら、貸し切りの産業道路を走る・・・と、遠方に交通量の多そうな道路が見える。
手前には青くて大きい看板。

きっと国道は近いんだ、やったぁ〜♪

うれしさのあまり、ぐっとアクセルを踏む。
ゆるい下り坂でかなり加速して来たその瞬間・・・

「どっか〜ん!」
ものすごい音と共に、車のハンドルに頭突きする。
勢い余って助手席側のドア付近まで頭から吹っ飛ばされて横たわる自分がいた。

長い時間、今おかれている状況が分からなかった。

とにかく車外に出よう・・・

まわりには野次馬で黒山の人だかり。
自分の車はボンネット右側がえぐれたように凹み、ついでに路駐のワゴン車に突っ込んでいた。
右前方にはボンネットがぐしゃぐしゃに逝っちゃったセダン車が、やはり路駐の軽乗用車を
横から押しつぶすように停まっていた。

「やった・・・」

この時、初めて「腰が抜ける」という体験をする。
立とう、何とかしなくちゃ・・・という意思とは裏腹に、下半身がへろへろ〜と崩れ落ちる。
地べたに転んだ拍子に、自分の車の開けたままのドアに頭を打ち付ける。


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次に気が付いたのは病院のベッドの上だった。
片目が開かない。体中が痛い。
開かない方の瞼に恐る恐る触れてみる。
何かでっかい異物が付いている。
そばに置かれた自分のバッグから手鏡を取り出して自分の顔を確認・・・
そこには片目の潰れた、紛れもない「お岩さん」がいた。
真夏の夜の夢であって欲しいと思った。

しばらく休息した後、救急の医師から警察に出頭するように言われる。
そうだ、私はとんでもない事故を起こした当事者なんだ。
タクシーで行けば良かったんだけど、あえて徒歩という手段を選ぶ。少しは心の整理をしたかった。


午前2時の夜風に吹かれながら警察署までの道のりを歩いていると涙があふれて来た。
お岩さんになった目からも涙があふれて来る。目ん玉は生き残ってるみたいだ。よかったよかった。

警察署に付くと、だだっ広いロビーには沢山のビニールレザー貼りの無機質な長椅子。
ロビーには誰もいなかった。
本当に疲れていた。少しだけ横になりたかった。

そして長椅子に横たわると、そのまま何時間も寝てしまったらしい。


「衝突事故の当事者、病院から逃走、行方不明」


私は数時間の間、指名手配されていたらしい。
朝方、長椅子からむくっと起きあがった「お岩さん」を発見した警官の驚いた顔は、今でも忘れない。


事故の状況は、遠くの国道と看板に気を取られて走っていた私が、直前の交差点の赤信号を無視して侵入。
真横から青信号で走行して来たセダンと直角に衝突、ぶつかった2台はそのままランデブー走行、
それぞれ路駐の車に突っ込んで停車。
全損2台、セダン車の助手席に乗っていた女性が重症という大事故になってしまった。


全損には到らないまでも、路駐してて突っ込まれた2台の車も、しっかり駐禁の切符を切られたらしい。
泣きっ面に蜂とはこの事だ。本当にゴメンナサイ・・・。


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それからの一ヶ月は事後処理に明け暮れた。
重症の被害者から

「気分が悪い」
「家事が出来ない」
「買い物に行ってくれ」
「医療費がないから立て替えろ」


再三の呼び出しに応じて、横浜の被害者宅まで何度通った事か・・・




私が悪い。その事実を認めた上でひとことふたこと言わせて欲しい。



むちうち程度で毎日、2ヶ月も病院に通うな〜!

保険金請求の為に診断書まで代理に取りに行かされた私に、お医者さんったら何て言ったと思う?

「あなた・・・運悪かったね・・・。あの患者さんに診断書は書けないよ。」




あとね、「気持ち悪い」って散々人を使っておいて、半年後に出産って・・・
あーた、気持ち悪いって、それは「ツワリ」ってやつでしょうが。
事故の時、すでに赤ちゃんの命が宿っていたとしたら、一歩間違えば大変な事になっていたんだからね、
この件に関して責めることの出来る立場じゃないんだけどさ。




3ヶ月間休職して職場復帰したこの女性からの極めつけはこの一言だった。
「私さぁ、長い間仕事出来なかったから、業績が下がってるんだよね。保険入って。」
生命保険の勧誘員のその女性、私に月々2万円超の保険料の設計書を送りつけやがった。
料金不足の郵便で。もう面倒見切れない。知らん。

その後、彼女は産休に入ったまま、2度と復帰しなかったようだ。


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あの夏は、いままでの生涯で一番長い夏だったと思う。
友人達には私の分までパタヤの海を満喫して来てもらった。
私の手元には旅行のキャンセル料の領収書とパタヤ土産のTシャツ、
裁判所からの、人身事故の罰金20万円の納付命令書が残った。


木枯らしが吹き始めて体の傷もすっかり癒えた頃、ダイビングにはまってる友人から一冊の雑誌を見せられた。
タイのピピ島での写真集
色とりどりの珊瑚礁の間には、極採色のお魚が遊んでいた。
カメさんが優雅に泳ぎ、イルカさんが笑ってた。


これを見た瞬間、心に誓った。次の夏休みは絶対タイだ。リベンジだぁ〜!
出発一週間前からずっと止まったままだった時間を進めなければ、死んでも死にきれない。


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翌年の夏、めでたくタイに向けて旅立つ事になる。

しかし、神様が私に与えた試練はこれだけじゃ済まなかった。




あのさぁ、あたしのどこが気にくわないっつーの、神様よぉ・・・






「裸一貫プーケット:私はタ○八郎」 その1 に続くよ。
        



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